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​静岡商工会議所 Sing 今月のコラム

​Sing2025年3月号

中小企業のためのDX事例

スタートアップのアイデアを
形にする町工場

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

〈日商〉所報サービス「中小企業のためのDX事例」顔写真【大川真史氏】.png

大川 真史 

 今回は、スタートアップと地場産業の価値共創プラットフォーム事例を紹介します。
東京都墨田区に拠点を構える金属加工メーカー、株式会社浜野製作所は、2000年に隣接する工場からの火災で設備や資材を失うという存続の危機に直面しました。この困難を「ものづくりをゼロから考え直す機会」と捉え、下請け依存型のビジネスモデルからの脱却を目指しました。その一環として14年、工場敷地内の一画に「Garage Sumida」を開設しました。
 この施設は、スタートアップの試作開発や製品化を支援する場であると同時に、地場産業やグローバル企業との連携を通じた共創の拠点でもあります。アイデア段階から試作、製品化まで、浜野製作所の職人たちがものづくりの知識や技術を駆使し、複雑な部品の加工や設計を支援しています。また、デジタル技術を補完的に活用することで、高精度で効率的な製品開発を実現しています。
 例えば、台風の風力を利用して発電するユニークな風力発電装置を開発した「チャレナジー」は、試作開発の段階から同施設の支援を受けました。また、スマート電動車椅子のパイオニアである「WHILL」の製品開発や、分身ロボット「OriHime」を手掛けた「オリィ研究所」の試作支援も行っています。これまでに300を超えるスタートアップに関わってきました。
 浜野製作所の特徴として、人材交流と地場産業連携が挙げられます。例えば、トヨタ自動車のエンジニアを受け入れ、同社の職人やスタートアップのメンバーと協力しながら技術課題を解決することで、全員のスキルや知見が向上する好循環が生まれています。また、地元墨田区で行われる地場産業の魅力や技術を発信するイベント「スミファ」に10年以上参加し続けており、製造業になじみのない地域住民が直接工場を訪れて、ものづくりの一端に触れられる機会をつくっています。さらに子ども向けの体験イベントも運営しており、次世代にものづくりの楽しさを伝える活動も展開してきました。また、これらの企画・運営を若手社員が担当することで人材育成の機会にもつなげています。
 「Garage Sumida」の意義は、単に製造支援を行うだけでなく、スタートアップ、大企業、地域社会が相互に影響を与え合いながら成長するエコシステムの一翼を担う点にあります。これらの取り組みは、地域経済やスタートアップエコシステムの発展における模範的な事例として、今後のさらなる展開が期待されています。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2025年2月号

中小企業のためのDX事例

顔の見えるつながりが生む​
鋳造業DXの潮流

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

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大川 真史 

 今回は、業界団体が主導してデジタル化を推進した日本鋳造協会の事例を紹介します。鋳造業の業界団体である同協会は、2017年に「鋳造産業ビジョン2017」を策定し、デジタル技術を活用したスマートファウンドリー(Smart Foundry)の実現を目標に掲げました。この目標を具体化するために設立されたのが、IoT推進特別委員会です。
 IoT推進特別委員会は、鋳造各社がIoTなどのデジタル技術を導入し、生産性向上や品質改善を実現することを目指して活動を行っています。その一環として18年にスタートしたのが「鋳造IoTLT(Lightning Talks:ライトニングトーク)」です。このイベントは、技術者向け勉強会「IoTLT」から派生したもので、同協会主催として半年から1年に1回の頻度で開催されています。第3回以降はYouTubeで公開されており、現在も誰でも見ることができます。
 鋳造IoTLTでは、毎回10社前後の鋳造メーカー従業員が登壇し、自分の現場でやってみた実践的な取り組みを5分で発表しています。例えば、製造工程で使用する砂の乾燥状況をモニタリングするため、高価な水分計を使わずに気化熱を利用して温度差データから乾燥度合いを測るデバイスを開発した事例発表があり、自作でも産業用デバイスに匹敵する可能性を示唆するものでした。ほかにも、設備稼働状況のリアルタイム可視化や、クラウドサービスを活用した品質管理の効率化など、現場の課題解決に直結するIoT活用事例が数多く発表されています。
 鋳造IoTLTの意義は、単なる情報共有にとどまりません。顔なじみの企業が手軽にデジタル化に取り組む姿がほかの企業に刺激を与え、新たに挑戦する企業が増えています。その結果、鋳造業界では現場起点のIoT活用が広がり、他業界では見られないユニークな事例が次々と生まれています。
 鋳造IoTLTは、経済団体や支援機関がデジタル化を推進するモデルケースです。顔の見える関係性の中で、デジタル化の取り組みとその成果を共有することが、周囲のデジタル化を促進する原動力となっています。このような好循環を生むためには、経済団体や支援機関がイベント開催を通じてコミュニティを形成し、情報共有を促進することが重要だという示唆を与えています。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2025年1月号

中小企業のためのDX事例

「鋳造現場をIoTとデータ活用で

  進化させるアサゴエ工業の戦略」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

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大川 真史 

 アサゴエ工業株式会社は、岡山市に本社を構える鋳造メーカーで、IoTを活用した生産性と品質向上に取り組んでいます。1957年の創業以来、建設機械や自動車部品の製造を主力事業とし、金型製作から鋳造、精密加工まで一貫体制を構築してきました。この長い歴史の中で培った技術力にデジタル技術を融合させ、業界が抱える課題に挑戦しています。
 同社のIoT活用の特徴は、現場主導のアプローチにあります。現場の社員たちの意見を積極的に取り入れ、具体的な課題に応じたツールを活用しています。その一例が、小型IoTデバイス「Nefry」を活用したデータ収集で、数千円で実現しました。この技術により、設備の稼働状況やサーバールームの温度など、従来では取得が難しかったデータを効率的に収集。現在では「M5Stack」などのデバイスも導入し、さらなるデータの取得・活用に取り組んでいます。
 同社が目指すデジタル化は、単なる業務効率化にとどまりません。1400~1500度の高温や粉じんが舞う過酷な環境でも機能するIoT技術を駆使し、これまで職人の勘や経験に頼っていた工程を可視化。これにより、品質向上だけでなく、熟練技術者のノウハウを次世代へ継承する基盤を築いています。また、デジタル化のプロセスを通じて社員のスキル向上と意識改革を推進。現場の改善活動にIoTを融合させたことで、生産量の向上や業務負荷の軽減を実現し、チーム間での競争意識も生まれています。この好循環が、デジタル化推進をさらに加速させています。
 これらの取り組みは、鋳造業という「ローテク」のイメージを覆すものであり、業界全体に新たな可能性を提示しています。同社の挑戦は、製造業におけるIoT化やデジタル化の先行事例として注目されています。
 さらに、代表取締役社長である藤原宏嗣氏は、2018年から日本鋳造協会のIoT推進特別委員会の委員長を務め、24年からはDX推進委員会の委員長として活動しています。藤原氏は、自社の取り組みにとどまらず、業界全体のデジタル化をけん引。IoTやクラウドサービスなどのデジタル技術を活用し、生産効率化や品質管理の向上を目指しています。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2024年12月号

中小企業のためのDX事例

「働くママと子育て中のママを支える
デジタルツールの活用術」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

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大川 真史 

 ポンテ・パシフィック株式会社は、抱っこひも「Pikimamaスリング」の開発と販売を通じて、育児を楽しむママたちを支援する企業です。代表取締役のグエルシオ花アリシア氏が第一子の誕生後、自身の経験を基に抱っこひもを開発したことがきっかけとなり、2019年に創業しました。育児と仕事の両立が求められる時代に、同社は独自の働き方や顧客との深い関係性を築くことで成長しています。
 同社のデジタル化は、働くママ(スタッフ)たちが日常的に使用しているツールを活用し、柔軟なシフト調整やタスク管理を行っている点が特徴的です。シフト調整には、家族や友人間でのスケジュール共有に広く使われているTimeTreeを採用しています。スタッフは自分の予定を確認しながら、業務が立て込んでいる時期にはシフトを増やし、育児が忙しいときにはシフトを減らすといった柔軟な働き方が可能になっています。
 業務の引き継ぎや社内コミュニケーションには、LINEのグループチャットを活用しています。日ごとの進捗(しんちょく)状況や翌日の作業内容など社内の情報共有がスムーズに行われ、迅速な対応が可能となっています。
 生産管理ツールとしては、タスク管理で幅広く使われているTrelloを活用し、製造工程ごとの進捗や付帯作業の進捗を可視化しています。これにより、スタッフ全員で生産状況や優先作業を共有しています。このようなデジタルツールの活用により、働くママたちが育児と仕事の両方を柔軟に調整し、無理なく両立できる環境を整えています。
 またスタッフだけでなく、ユーザーとのコミュニケーションもデジタルを使いながら、長年の友人のように対等で温かみがあることを大切にし、自然体での対話を心掛けています。例えば、Zoomでのやりとりの際も、最後に親しみを込めて「バイバイ」と言って終了したり、コロナ禍ではインスタライブを通じて孤立しがちなママたちと交流したり、沖縄在住のファンがスタッフとなってユーザーサポートやコミュニティ活性化などを担っています。このようにユーザーと親しみやすい関係を構築することが、事業成長を後押しする重要な要素です。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2024年11月号

中小企業のためのDX事例

「地域と共に歩む芝園開発:
​デジタルが変える放置自転車対策」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

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大川 真史 

 芝園開発株式会社は、駐輪場や駐車場の管理業務を中心に、都市の放置自転車対策など、さまざまなサービスを提供している企業です。1998年には、日本初の無人機械式個別管理時間貸し駐輪場システムを導入し、業界に大きな影響を与えました。しかし、2006年に主力の駐車場事業がガソリン価格の高騰や過当競争などにより厳しくなり、その状況を打開するため、新たな価値創造やビジネスモデル構築を目的に、デジタル技術を活用した事業転換を積極的に推進しました。
 その取り組みの一つが、15年に開発された放置自転車対策システム「Capture」です。自治体が管理する放置自転車の発見から返還・処分までのプロセスを一元管理するこのシステムは、現場スタッフがタブレットやスマートフォンを使って操作しやすいように設計されています。特に、現場スタッフの多くが高齢者であることから、操作の簡便化を重視し、音声入力やカメラガイド機能を搭載しています。これにより、IT機器に不慣れなスタッフでもスムーズに利用できるようになりました。さらに、放置自転車の位置情報や作業の進捗(しんちょく)状況をリアルタイムで共有することで作業効率が飛躍的に向上し、大きな成果を上げています。例えば、東京都港区ではこのシステムの導入により放置自転車の台数が51.4%減少しました。さらに、システムのリリース後も、現場からのフィードバックを基に改良が続けられており、重たいタブレットからスマートフォンに切り替えるなど、より使いやすいシステムへと進化しています。
 また、「LIXTA」というブランドを通じて、より広範な社会課題を解決する取り組みを行っています。駐輪場や駐車場の管理システムだけでなく、広範な施設管理業務をサポートするデジタルソリューションを提供してきました。データに基づいた運用を実現し、施設の利用状況をリアルタイムで把握することで、効率的かつ効果的な管理が可能となり、管理コストの削減とサービスの質の向上に貢献しています。また、施設の特性に応じたカスタマイズが可能であり、柔軟な対応力がLIXTAの大きな特徴です。
 同社は、デジタル技術を活用して業務運営の効率化とサービス品質の向上を同時に実現していますが、その取り組みにとどまらず、地域社会や自治体との連携を強化し、新たな価値を創造しています。これらの取り組みにより、社会課題の解決に貢献し、さらに成長を続けることが期待されています。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2024年10月号

中小企業のためのDX事例

「現場中心・社内開発のデジタル化による金型製造の進化」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

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大川 真史 

 株式会社IBUKIは、山形県に本社を置く従業員70人弱の製造業です。主な事業は、加飾技術を強みとした金型製造です。1933年に創業し、2021年にしげる工業株式会社の傘下となりました。同社はデジタル化を通じた製造業の効率化と品質向上に取り組んでいます。今回は「デジタル金型」と「工場見える化」について、自社内で開発・改善・運用を行っている事例をご紹介します。
 デジタル金型は、金型にセンサーを内蔵し、金型の状態に関するデータを収集・分析して、製品の品質管理と生産効率の向上に貢献しています。不良品の早期発見が可能になり、製造ラインの停止を最小限に抑えることができ、現場の作業負荷をリアルタイムで把握することで、効率的な生産を実現しています。
 また、工場の見える化の一環である「5Sパトロールシステム」は、現場の5S活動をデジタルで管理することに成功しました。従来は紙とデジタルカメラを使っていた5Sパトロールを、タブレットを活用することで効率化し、NG項目の自動転記や写真による記録を容易に行えるようになりました。このシステムにより、現場の整理整頓が徹底され、作業環境の改善が図られました。現場での使いやすさを重視し、従業員が抵抗なくデジタルツールを活用できるように工夫されています。
 同社のデジタル化推進には、現場との密接な連携が重要な要素となっています。スモールステップでの導入を基本とし、まずは勤怠管理システムなどの小規模なシステムから始め、徐々にほかの業務へと拡大していきました。この段階的なアプローチにより、現場の従業員が新しいシステムに慣れ、デジタルツールを自然に受け入れることができるようになりました。また、システム名「DenDenmushi」の導入など、現場の声を反映し、愛着を持って使えるシステムづくりが進められています。
 さらに、情報の一元管理も進められており、これまで分散していたデータを集約することで、工場全体の状況をリアルタイムで把握できるようになっています。この取り組みは、業務プロセスの効率化や品質管理の強化に大きく貢献しており、経営判断の迅速化にも寄与しています。同社のアプローチは、製造業におけるデジタル化の成功例としてほかの企業にも参考になるものであり、今後もさらなる挑戦と革新が期待されます。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2024年9月号

中小企業のためのDX事例

「デジタル技術とリードユーザーでつくる新たな価値」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

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大川 真史 

 今回は、ユーザー中心を実現し、柔軟な対応力と迅速な意思決定という中小企業ならではの組織能力を生かして、誰もが使いやすい製品・サービスの企画開発を目指すPLAYWORKS株式会社を紹介します。同社では、従来製品・サービスでは使いづらさを感じている障がい者や高齢者などをリードユーザーと定義づけ、新たな価値を見つけ出す水先案内人として企画開発の中核を担ってもらっています。この手法はインクルーシブデザインといわれるものです。また、リードユーザー独自の新たな課題を解決する手段として、迅速な試作(プロトタイピング)と素早い試行錯誤(アジャイル)にデジタル技術を使うことで、短い製品開発サイクルの中、ユーザーの多様なニーズに対応できるようにしています。
 例えば、日本マイクロソフトと共同開発した「WriteWith」は、聴覚障がい者と聞こえる人が顔を見ながら筆談できるアプリです。聴覚障がい者とのコミュニケーションは筆談が多いですが、文字だけでは表情などが読み取れず一方通行のやりとりになりがちでした。このアプリは、タブレットに内蔵されたカメラの画像からAIを活用して感情認識や文字認識を行い、聴覚障がい者と聞こえる人がより自然に、相互にやり取りができるようになるものです。
 また、セイコーなど4社共同で「薄型ソーラービーコン内蔵点字ブロック」を開発しました。従来の点字ブロックでは、視覚障がい者にとって一方向の情報提供にとどまり、複雑な道順や障害物の多い環境では不安を感じることが多いという課題がありました。この製品は、点字ブロックに埋め込まれたビーコンから視覚障がい者のスマートフォンへ電波を発信し、イヤホンなどを通じて音声で道案内や施設案内を行えます。これにより現在地がいつも正確に把握できるようになり、道順を忘れてしまったり、駅や道路の工事による通行止めで経路が分からなくなったりしたときなどに役立つと、期待されています。
 ほかにも、ぺんてると新しい画材開発を目的とし、絵を描くことがほとんどなかった視覚障がい者をリードユーザーとして、表現する喜びを実感できる商品を開発したり、牛乳石鹸と新規事業・製品開発を目的とし、触覚や嗅覚に優れているリードユーザーと共創型製品開発・評価を行ったりしました。「見えない」という視覚障がい自体の多様性を実感するための「ロービジョン体験キット」の開発などもしています。
 企業がインクルーシブデザインに取り組むことで、全てのユーザーにとって優れた製品やサービスを提供することができます。PLAYWORKSの取り組みは、デジタル技術を活用して新しいユーザー体験を創造し、社会課題を解決する一方で、ビジネスとしての成功を追求しています。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2024年8月号

中小企業のためのDX事例

「老舗下請け企業が挑むデータ活用とデジタルサービス事業」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

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大川 真史 

 愛知県豊田市に本社を置く三井屋工業株式会社は、1947年に輸入雑貨で創業しました。輸入品を梱包(こんぽう)していた麻袋を捨てるのが惜しく、解いて反物にする事業を始めたことがきっかけで、53年から自動車の内装部品製造に進出し、現在までトヨタ自動車のティア1(一次請けメーカー)として事業を行っています。2018年のセレンディップ・コンサルティング株式会社(現セレンディップ・ホールディングス株式会社)との資本提携をきっかけに、DXに本格的に取り組み始めました。
 三井屋工業のDXの始まりは、業務プロセスの見直しと現場のデータ化でした。まずはOffice365の導入からスタートし、業務連絡など社内コミュニケーションをチャットで行うようにしました。次に、業務日報ツールの導入を検討しましたが、高コストのため断念し、代わりに社内のIT担当者が自作した業務日報ツールを復活させました。このツールは開発当初、上層部に提案したものの採用されなかったのですが、現場データを正確に把握・管理し、業務の効率化を図るために適したものでした。
 当時の製造現場はアナログ中心だったこともあり、完璧なデータ収集やあるべきデジタル活用を追求するのではなく、「今よりも正しいデータが取れたらOK」という考え方に基づいて進められました。デジタル化による現場の負担感を軽減するために、まずアナログでの記録を徹底し、デジタルツールを使うことの利便性を感じてもらうことにより、約3カ月でデジタル化が浸透しました。
 定着のためには、現場の努力がデジタル化によって可視化され、報われる仕組みをつくりました。不良改善の際には報奨金が支払われる制度を設け、現場のモチベーションを高めました。これにより、現場の従業員は自分たちの努力が上層部から正しく評価され認められているという実感を持つことになり、デジタルツールの活用により積極的に取り組むようになりました。
 さらに自社開発した製造現場マネジメントツールは、「HiConnex(ハイコネックス)」として展開しています。このツールは、当初は自社運用のために開発されましたが、工場見学した製造業の人たちからも高い評価・問い合わせを受け、外販できるクラウドベースのサービスとして提供することになりました。
 製造業ではスモールスタート、アジャイル、プロトタイピングといったスピード感のある開発手法に抵抗感がある事例は多いのですが、今回の取り組みは現場と経営陣が近い中小企業だからこそ可能であり、迅速な意思決定と柔軟な対応ができたことが成功の鍵といえます。

(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2024年7月号

中小企業のためのDX事例

「OOKABE GLASS株式会社のDX推進とその成功」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

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大川 真史 

 福井県福井市に本社を構えるOOKABE GLASS株式会社は、もともとは工務店や建築会社を主要な顧客とする伝統的なBtoBビジネスを展開していた「ガラス屋さん」でしたが、今では施主向けのガラス・鏡のインターネットオーダー販売を行う革新的な企業へと成長しました。2005年に始めたこのインターネットオーダー販売が、業界の常識を変える第一歩となったのです。住宅建材の規格販売が基本とされる中で、個別に加工することの難しさとコストの問題にデジタル技術を駆使して挑戦した結果、サイズオーダーを含めて製品を「ユーザーから見て自然な価格」に設定することに成功しました。
 ガラス出張修理事業で創業した大壁社長は、実際にガラスが割れて困っている顧客と直接顔を合わせ、その声を毎日聞く経験を積み、施主向けのオーダー販売「オーダーガラス板.COM」を立ち上げました。この新しいビジネスモデルは、個人ユーザーからの注文を受け、それを工務店に依頼するBtoCtoBの形態を取っています。この取り組みによって、施主から工務店に「OOKABE GLASS指定」で注文が入るようになり、単なるEC事業にとどまらないビジネスモデルとバリューチェーンの改革が実現しました。
 DXの推進で特に力を入れているのは、ITとクリエーティブの内製化です。同社は、システムエンジニアやデザイナー、ライターを自社で採用し、内製化することで、品質を高めながら迅速な対応を可能にしました。18年には「OOKABE Creations株式会社」を設立し、クリエーティブ業務を専門化しました。さらに、22年には「株式会社FPEC(エフペック)」を立ち上げ、ECサイトのブランディングとエンジニアの育成を進めています。
 これらの取り組みにより、OOKABE GLASSはIT企業のような組織体制を持ち、従業員の半数以上がエンジニアとしてECサイトの運営に携わっています。また、自社の成功事例を基にプラットフォーム制作事業も展開するまでになっています。
 業界の習慣を打ち破った大壁社長ですが、現在では「福井県板硝子商協同組合」の理事長として、地域産業の発展や、地域全体でのDX推進に取り組んでいます。
 OOKABE GLASSの成功は、技術導入にとどまらず、組織体制やビジネスモデルの根本的な改革にあります。試行錯誤と改善を繰り返しながらDXを進める同社の姿勢は、多くの企業にとってのモデルケースとなるでしょう。特に、内製化による効率化と品質向上の取り組みは、ほかの企業にも大きな示唆を与えるものです。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2024年6月号

中小企業のためのDX事例

「自作システムで挑む町工場の生産管理の最適解」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

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大川 真史 

 今回は株式会社タカハシの事例を紹介します。東京の三河島駅前の商店街の中にある従業員5人とパート・内職を合わせて約20人の町工場で、ゴムスポンジワッシャーを月産数千万個も製造しています。同社では具体的な課題として、月末に多くの時間を給与計算や請求業務など社内の処理に費やし、紙での管理では作業忘れが多発していました。注文された製品の生産計画がないため、場当たり的な生産管理を行っていたのです。これらの課題を解決するためにIoTツールを自前で開発・導入して現場の状況を把握し、高度な生産管理システムを自社主導で導入しています。生産管理のシステム化について、詳しく見ていきます。
 まず特徴的なのは入出力のやり方です。現場に負担がなく、間違いが起きにくいように多くの工夫がなされています。現場での入力は全てバーコードです。材料の置き棚、受注番号、手配書、作業指示、作業実績など現場に必要な情報はバーコードを読み取ることで画面に表示されます。数量変更や一部の追加情報だけは数字入力が必要なので、キーボードもあります。しかしこのキーボードは、テンキーとエンターキーだけを残し、他キーは抜いてフェルトで埋めて「エンターは1回ずつ軽く押してください」というテープを貼り、誤操作が起こりにくいものを独自開発しています。
 こうしたシステム化の効果としては、給与計算が半日から20分、請求業務も半日から30分弱、月に数件あった作業忘れは0件、納品書発行は1時間から10分と、大幅に短縮、改善されました。またロット管理や各種帳票出力も自動化され、お客さまからの問い合わせにも即答できるようになりました。何より、現場を可視化しデータによる評価基準を設けた結果、誰もが自信を持って仕事に取り組めるようになったことが最大の成果といえます。
 進め方も特徴的で、まず社長自身が工程管理システムを自作し、現場が「やりたいこと」「楽にしたいこと」を明確にしました。その後親族と一緒に、データ構造を整理しシステム化する業務範囲を拡張していきました。その取り組みを1年半続けた結果、管理データ体系やマスタ構成などが明確になったので外注しました。システム運用後、さまざまなデータ分析ができるようになったのです。システム上のデータだけでなく、議事録や変更履歴、業務上のイベントなど定性データを融合することで、現場で起きていることを解像度高く把握できて、具体的で効果的な打ち手を講じられるようになりました。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2024年5月号

中小企業のためのDX事例

「薬剤師が開発する現場作業効率化のデジタルサービス」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

〈日商〉所報サービス「中小企業のためのDX事例」顔写真【大川真史氏】.png

大川 真史 

 薬剤師の山口洋介さんは、東京の神田神保町で調剤薬局を経営する傍ら、同業者である薬剤師にとって現場で役立つデジタルサービス開発も行っています。今回は、山口さんが開発したデジタルサービスをご紹介します。

 山口さんが開発活動を始めたきっかけは、薬局を開業した現場での経験にあります。開業当初は「ワンオペ」で多忙を極めていました。その状況を打開するために、市販のITツールやソフトウエアを探しましたが、いいものが見当たりません。そこで未経験ながらプログラミングを独学し、自分の業務効率化のためにいろいろなデジタルサービスを開発し始めました。

 初めに成果を上げたのは「ビッグデータ解析による薬品の棚配置の最適化」です。以前は薬を50音順で棚に並べていましたが、調剤実績データを分析して、頻出する薬の組み合わせを導出し、その組み合わせごとに近くの棚に配置することで、調剤時間を半分近く減らすことができました。

 次に成果があったのは、「スマートスピーカーを使った月次実地棚卸業務の効率化」です。これまで月次棚卸は、両手を使って錠剤数を数えてパソコンまで移動し、システム在庫と突き合わせていました。両手がふさがっていても耳と口は空いているので、当時販売し始めたばかりのスマートスピーカーを使うことにしました。錠剤を数えながら薬の名前を言うと、システム上の在庫数をしゃべってくれます。また払い出し実績も需要予測もできるので、「どのくらい出てる?」と聞くと過去数カ月の実績を答え、「どのくらい出そう?」と聞くと向こう数カ月の需要予測をしゃべります。これにより労力を5分の1くらいに減らすことができました。

 これらの自分のために開発したツールをSNSでシェアすると、同じ悩みを抱える同業者から多くの前向きな反応がありました。自分では気が付かなかった要望もいろいろと挙がり、すぐに実装して試してもらうということを続け、その結果デジタルサービスのスタートアップとして起業することになりました。

 「自分のために開発したツール」の象徴的なエピソードとして、スマートスピーカーによる応援機能があります。業務終了時に薬剤師がスマートスピーカーに向かって「ありがとう」と言うと、「お仕事頑張ってくださいね」と答えるものです。毎月この地道な業務を行っているのに誰にも褒められなかったが、このスピーカーに初めて応援してもらえたと感じる薬剤師が多くいたそうです。もしシステム開発会社に外注して、見積額が高いと感じたら真っ先に削られる機能ですが、薬剤師が開発し薬剤師が評価するとこの機能が実装されるのかと気付かされ、現場で使う人が開発する意義を改めて感じました。

(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​Sing2024年4月号

中小企業のためのDX事例

「社長の試行錯誤と技術者の実践力」

​ウイングアーク1st(株)

データのじかん主筆

大川 真史 

〈日商〉所報サービス「中小企業のためのDX事例」顔写真【大川真史氏】.png

 錦正工業株式会社は栃木県那須塩原市にある、従業員35人の鋳造業の会社です。「鋳造加工一貫生産」を掲げ、半世紀にわたるロングセラー商品「Vプーリー」をはじめ、さまざまな工業製品を製造しています。今回は同社が自分たちでつくり、使ってみた現場データ化のDX事例をご紹介します。

 社長の永森さんは「別にIoTやDXをやりたかったわけじゃない」とのこと。その背景には経営者として会社の課題に向き合ってきた経験があります。永森さんの入社時、社内では手書き伝票とそろばんが使われ、現場ノウハウは職人の暗黙知になっていました。経営するには社内で発生する事象をデータ化し、それに基づいて意思決定を行う必要がありました。

 ただ、システム構築への高額投資は難しく、自分たちでデータ化・DXを進めることを決意しました。まずは通信ネットワークや簡単なサーバー導入、次に使いやすい生産システムを自分たちでカスタマイズしながら構築しました。そして最大の課題は現場データの自動取得でした。永森さん自らプログラミング勉強会に参加するなど、いろいろと取り組んだものの、なかなか実装には至りませんでした。

 しかし、さまざまな活動に参画し仲間づくりと悩みの共有を続けた結果、鋳造とソフトウエアの知識を持つ技術者と出会い、入社してもらえることになりました。入社後2年半でライン稼働モニター、電気炉モニター、分析値モニター、木型・中子IC管理など、多くの重要情報のデジタル化を実現しました。ソフトやツールも無料可視化ツールのオープンソースソフトウエア、フィリップスやシャオミの民生品など、無料・格安でありながら最先端のものを積極的に使っています。

 このDX事例からは、経営者自らが調べて取り組むこと、そして勉強会など社外コミュニティへ何年間も積極的に参画し、貢献することの重要性を学びました。会社の外に出ることで思いに共感してもらえ、ハードとソフトが分かるエンジニアと出会えて、やりたかったことがスピード感を持って結果的に非常に廉価でできるようになりました。また導入過程も試作(プロトタイプ)ベースで試行錯誤型(アジャイル)に進められていますが、これも社長の正確な知識と明確な意思によって実施できていると思います。

(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

​静岡商工会議所 企画広報室

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